STORY 1 :39度の絶望「明日のプレゼンは絶対に外せない」のに

これは、私が「体調管理」の本当の意味を理解する前の話です。
人生で最も大切な日に、最悪の朝を迎えた物語。

3年前の秋 / 10月14日 午後8時

オフィスには、私一人だけが残っていた。

デスクに広げられた資料は、200ページを超えていた。半年間、チーム6名で準備してきた渾身の企画書。契約金額は3億円。明日の朝9時、大手クライアントの役員10名以上が集まる会議室で、私はこのプロジェクトの全てをプレゼンテーションする予定だった。

プロジェクトリーダーとして、この半年間、全てを捧げてきた。
連日の残業。週末も返上して資料作成。睡眠時間は3〜4時間。コンビニ弁当とエナジードリンクが友達になっていた。

「プレゼンが終わったら、ゆっくり休もう」
「明日が終われば、全て報われる」
「あと少しだけ、頑張れば…」

そう自分に言い聞かせながら、最終チェックを続けていた。

午後8時30分。
ふと、喉に違和感を覚えた。

「あれ?ちょっと痛いな…」

でも、その時は深く考えなかった。
いや、考えたくなかったのかもしれない。

「まさか、明日に限って体調を崩すわけがない」
「気のせいだ。大丈夫」
「これだけ準備してきたんだ。神様も見放すはずがない」

自分にそう言い聞かせて、資料のチェックを続けた。

* * *

午後11時、家に帰った。

喉の痛みは、徐々に強くなっていた。
飲み込むたびに、チクチクとした痛みが走る。

鏡を見ると、顔色が少し悪い気がした。
でも、認めたくなかった。

「疲れているだけだ」
「一晩寝れば治る」
「明日は大丈夫。絶対に大丈夫」

ベッドに入る前、もう一度プレゼンのシナリオを頭の中で確認した。
完璧だった。何度もリハーサルを重ねてきた。自信があった。

体調さえ万全なら。

* * *

10月15日 午前6時 —— プレゼン当日

アラームの音で目が覚めた。

いや、正確には「目が覚めた」というより、「意識が戻った」という感覚だった。

体が、動かない。

全身に激しい悪寒が走っていた。
頭は重く、頭痛がひどい。
喉は火がついたように痛い。
関節という関節が、全て痛む。

「嘘だろ…」
「これ、夢だよな…?」
「起きろ、起きろよ、俺…」

震える手で、ベッドサイドの体温計を掴んだ。
脇に挟む。
30秒が、永遠のように長く感じられた。

ピピピピッ。

39.2°C

その数字を見た瞬間、頭が真っ白になった。

「嘘だ…」
「なんで…なんで今日なんだ…」
「半年間、何のために準備してきたんだ…」
「チームのみんなに、何て言えばいいんだ…」

必死で起き上がろうとした。
でも、体は言うことを聞かなかった。

立ち上がろうとした瞬間、激しいめまいに襲われた。
そのまま、ベッドに倒れ込んだ。

洗面所まで這っていき、鏡を見た。

そこに映っていたのは、知らない自分だった。

顔は土気色で、目は充血していた。
唇は乾いてガサガサで、額には脂汗が浮いていた。

この顔で、クライアントの前に立つのか?
この状態で、3億円のプレゼンをするのか?

無理だった。

* * *

午前6時30分

ベッドに戻り、震える手でスマートフォンを握った。

上司の電話番号を見つめる。
指が、画面の上で止まった。

「この電話をかけたら、全てが終わる」
「半年間の努力が、全て無駄になる」
「チームのみんなの期待を、裏切ることになる」
「でも…でも、どうしようもない…」

目を閉じて、深呼吸した。
そして、発信ボタンを押した。

プルルル…
プルルル…

その音が、死刑宣告のように聞こえた。

上司:「おはよう。どうした?」

:「おはよう…ございます…申し訳…ございません…」

声がかすれて、ほとんど出なかった。
喉が痛くて、話すのが辛い。

:「体調が…39度の熱で…今日のプレゼンが…」

電話の向こうで、数秒の沈黙。

その沈黙が、永遠のように感じられた。

上司:「…そうか」

また、沈黙。

上司:「わかった。今すぐ副リーダーの佐藤に連絡する。お前は病院に行って、休め」

淡々とした声だった。
でも、その裏にある失望が、痛いほど伝わってきた。

上司:「大事にしろよ」

そう言って、電話が切れた。

スマートフォンを握りしめたまま、天井を見つめた。

涙が、溢れてきた。

半年間の努力。
チームの期待。
自分のキャリア。

全てが、たった一日の体調不良で、
崩れ去っていく。

* * *

午前9時 —— プレゼン開始時刻

私は自宅のベッドで、天井を見つめていた。

今頃、会議室では副リーダーの佐藤さんが、私の代わりにプレゼンをしているはずだった。

佐藤さんは優秀だった。
でも、このプロジェクトの全体像を把握しているのは、私だけだった。
クライアントとの細かいやり取り、微妙なニュアンス、交渉の経緯。
全て、私の頭の中にあった。

スマートフォンが震えた。
チームメンバーからのLINE。

「大丈夫?無理しないでね」
「佐藤さんが頑張ってくれてるよ」
「お前がいないと寂しいけど、まずは体を治して」
「ゆっくり休んで。後のことは任せて」

優しい言葉。
気遣いの言葉。

でも、その言葉が、逆に胸に突き刺さった。

「みんな、私のために頑張ってくれてる」
「私がいないせいで、みんなに迷惑をかけてる」
「なんで、なんで今日なんだ…」
「もっと体調管理をしっかりしていれば…」

* * *

午後2時 —— プレゼン終了

スマートフォンに着信。上司からだった。

上司:「プレゼンは無事に終わった」

:「…そうですか」

上司:「佐藤がよくやってくれた。クライアントからも好評だった。契約は取れそうだ」

:「…良かったです。本当に、申し訳ございませんでした」

上司:「…お前が準備してくれたおかげだ。資料は完璧だった」

優しい言葉。
でも、その言葉が、余計に辛かった。

上司:「ただな…」

沈黙。

上司:「今回の件、正直に言うと、本部の評価に響く。お前の能力は認めている。でも、体調管理も含めてプロフェッショナルだ」

:「…はい」

上司:「次のチャンスを待ってほしい。まずは、しっかり治せ」

電話を切った後、何も考えられなかった。

良いニュース:契約は取れそう。プロジェクトは成功。
悪いニュース:私の評価は下がった。キャリアに傷がついた。

複雑な感情が、胸の中で渦巻いていた。

喜び。チームが成功してくれた。
安堵。クライアントが満足してくれた。
後悔。自分がいれば、もっと良いプレゼンができたかもしれない。
自責。なぜ、体調管理をしっかりしなかったのか。
そして、深い、深い無力感。

* * *

1週間後

体調は回復し、出社した。

チームのみんなは優しかった。
誰も私を責めなかった。
「仕方ないよ」「誰でもなる」と言ってくれた。

でも、その優しさが、余計に辛かった。

* * *

1ヶ月後 —— 人事評価面談

人事部長:「今回の昇進候補だが…」

沈黙。

人事部長:「申し訳ないが、見送りとなった」

:「…はい」

人事部長:「あのプレゼンは、君のキャリアにとって重要なポイントだった。能力は高く評価している。実績もある」

人事部長:「でも、ビジネスの世界では、『その日にいる』ことが全てなんだ」

人事部長:「どんなに準備しても、その日に体調不良だったら、意味がない。それが現実だ」

正論だった。
反論できなかった。

その日、私は学んだ。

どんなに優秀でも、
どんなに準備しても、
どんなに努力しても、

その日に体調不良」なら、
全てが無駄になる。

あの日、私が学んだこと

  • 「気合いで乗り切る」は、もう通用しない
  • 睡眠不足と不規則な食事は、確実に免疫力を下げる
  • 「若いから大丈夫」は、ただの過信だった
  • 体調管理は、最も重要なビジネススキルである
  • 「準備万端なのに体調不良」は、「準備不足」と同じ
  • 「絶対に休めない日」がある以上、普段からの対策が死活問題

あの朝の絶望感。
体温計に表示された39.2度という数字。
上司に電話する時の震える手。
チームに迷惑をかけた罪悪感。
失った昇進のチャンス。

全てが、今でも鮮明に思い出される。

そして、その日、私は誓った。

「もう二度と、この絶望を味わいたくない」

これが、私が本気で健康について学び始めた理由。
そして、プチファスティングと出会うまでの物語の、始まりだった。

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「祖父の最期と、私が健康を追求する理由」

プレゼンの失敗。それだけなら、まだ立ち直れたかもしれない。
でも、私には、もう一つの大きな後悔があった。
35年前、癌で亡くなった祖父のこと。
「もし、あの時…」という想いが、私を突き動かしていた。

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